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アンダンテ・フェスティーヴォ/シベリウス

 
Posted on 2017年6月1日 (木) 2:00 pm
Filed under クラシック/現代音楽
メーリムで家族で暮らしていた家

 

ひとりの生活は思いのほか心細く、気を張ってないと、ちょっと油断すると過去を振り返りがちで、虚無感に吸い込まれちゃって、心も身体も粉々に砕け散りそうになる。わたしが今粉々になって消滅してもどうということはなく、それでも地球は回り、陽は昇るわけだし、だったらもういいじゃん、と思っていたりした。でも、そう思ったらなんだかちょっとした壁のひとつを超えたような気がした。次の壁が来るまでね!w しかし生きていくというのは実にめんどくさいことだね。

ヤダ、更年期?!

「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」なんだって。家族、友人達、出逢い、返せないほどご恩のある人、愛する人、交流しては去っていった人たち、辛い思いの原因になった人、人との関係性だけではなく体験全ても含めて、わたしのところに在った(そして今も続いている)奇跡は、なにもかもが「あたりまえ」なことなんてひとつもなくて、尊い「ありがとう」の積み重ね。そんな山を少しづつ高めているような人生を、今この瞬間もすすんでいるのだな、と感じたりしています。「生」は祝福だし、日々の体験は些細なことであっても祝祭なのだー。

↑↑↑これは瞑想直後の平和な心境のときの感覚↑↑↑
すぐ薄れやがるのよーー 
Meditation must be continuous. The current of meditation must be present in all your activities!!

さて、音楽の話題にしようと思ってたんだったw
前置き打ち込んでたら、あやうく投稿したかった本体を忘れるところだった・・・

シベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォです。
フェスティーヴォという言葉は、祝祭という意味らしいのだけど(フェスティバルだよね)、この曲はそんな祭り的な華やかさはなく、どちらかというと祈りとか純粋さなどが感じられる曲だよね。シンプルで短いけれど、穏やかで優しく、心に寄り添ってくれる楽曲です。
この曲を聴いていたときのある瞬間のイメージが心に焼き付いているからだとは思うんだけど、なぜかメーリムの田舎の家のわたしの寝室の窓からみた田園風景が蘇る曲なのです。聴いていると泣けてくる音楽は多々あるけど、この曲もその1つ。北欧の作曲家の音楽なのに、タイの田舎の田園風景とはこれまたシベリウスさんも意図してなかっただろうw 

くっつけておくYoutubeは、なんとシベリウス自身の指揮による1939年の貴重な演奏。通常よく耳にするアンダンテ・フェスティーヴォよりテンポもずっとゆっくりだ。音が悪いけど、それも古い録音の魅力!第二次世界大戦直前の1939年元日に世界の平和を願って演奏されたと言われています。なんとも美しい旋律ではありませんか。

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