スピリチュアルで音楽・料理好きなおっさんレディがチェンマイから発信するしょーもないブログっす
Asato ma sad gamaya, Tamaso ma jyotir gamaya, Mṛtyorma amṛtam gamaya, Om shanti shanti shantiḥ

枯れた花

 
Posted on 2023年10月14日 (土) 4:33 pm
Filed under ヒーリング

枯れた花をみると、なんだかとても切なく愛おしい気持ちになる。自分が歳をとることや過去の若さと美しさが失われていく姿と重なるからね。朽ちて落ちてる花を踏んでいる人がいると「やめて〜」って言いたくなってしまう。美しいときはみんなからチヤホヤされて、朽ちると平気で踏みつけられていく・・・。自分がこの年齢になるまで気づかなかったことだ。しかし、この過程を前向きに受け止めることは、人生の美しさを再発見する絶好の機会でもあるということも認識している。変えられないことや追体験できない思い出について考えることに時間を費やしてはいけないのはわかっているけど、なかなか手放せないことが自分の苦しみになっていた。
「昔の自分」が未来の自分に与える悪影響に気づかないフリをして、過去の自分にしがみついてしまうことがよくある。昔と同じように家族や親しい友人たちと同じ会話をし、同じように笑い、同じような気持ちで毎日を過ごすことに憧れのような気持ちを抱いてしまったり。
すべての素晴らしさは、永遠に続くものではないからね。すべてのものには終わりがあって、苦しみも幸せも永遠には続かない。すべてが一時的なものに過ぎないことを受け入れることで、その瞬間や友情、人間関係をより楽しみ、感謝できるようになるのかもしれない。
枯れた花は、美しさが時間と共に変わることを象徴していると思う。花の美しさはその一瞬で終わるわけではない。同様に、私たちの若さや美しさも変化しても、それが私たちの魅力の一部だし、歳をとると同時に、自分の人生の物語も豊かにしていかないとね。心まで萎れないようにしないと。
枯れた花を見るたびに、今ここで輝く方法を見つける機会として受け止めたい。若さと美しさが過ぎ去っても、新たな美しさを発見し、成長し続けることができるはず。枯れた花の美しさは、自分自身の美しさに対する新しい視点を示してくれて、自分に前向きな希望をもたらしてくれそうだ。
すでに過ぎたことを再現しようとするのをやめて、今を生き、楽しみ、呼吸し、時が来たら潔く手放したいな、難しいけど。
そしていつかは終わりが来ることを知りながら、一瞬一瞬を大切に生きていこうと思う60歳です。
昨日は歴史、明日はミステリー、でも今日は贈り物(だから英語で「今」を「プレゼントPresent」っていう!)だからね。(^^)

 

何となくの音楽もつけておきます。定番なので (^^;
枯れた花がテーマの楽曲が思いつかなくて。手放せなくて辛い系の暗〜〜いヤツをw 数年前まで苦手だったシューベルトの美しさを、やっと見出しています。

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