通いまくったソウル系のディスコ
普段あまりのぞかないミクシィのコミュニティ見てたら、某生まれ年のコミュスレッドで、どこのディスコに行ってたかっつー話題があり、懐かしい場所が次々と出ていたのでワクワクして思い出してました。新宿のツバキハウスのロンドンナイトから始まって(これは学校だのコンサート仲間等当時のロックねーちゃん系の友達と行った)そして、バイトの友達とつるんでは、まずは赤坂のムゲン(来日アーティストによりお隣のビブロスへ浮気)で、ムゲンが時間で閉店になると、六本木へ向かい、エンバシーか。ムゲンで演奏してるバンドがつまらんと、六本木の JASPAやQUEUEへ。いやはや、よく遊びまわったこと!当時は来日バンドのコンサートもひたすら行きまくっていた時代で、とにかく音楽命の日々で。
ツバキハウス(&ビブロス)を別として、ワシが通っていたディスコがどういうところだったかっつーのはわかる人にはバレバレだよね。ソウル音楽と黒人たち、そこに群がるお姉ちゃんたちが熱い夜を送っていたところだ。あれだけのディスコに通いまくっていれば、ブラザー目的のお姉ちゃんたちを想像する人も多いと思うんだけどさ、ワシにもおしゃべりして楽しんだ友達はいたし、出演バンドのかっこいいミュージシャンに憧れたりはしたけど、決して一線を越えることはなく、ナンパは迷惑だったくらいで、いたって健全にディスコ通いを楽しんでいたのである。
アフリカへの憧れとソウル音楽
その頃のワシは筋金入りの現代音楽やプログレロックねーちゃんで、ソウルなディスコに入り浸っていたわりには、ウオークマンに入っていた音楽はメシアンだったりしてよ。(思い出すと、あの頃から変拍子や転調に萌えるワシだったのだ。)それなのに黒人音楽に惹かれたのは、子供の頃から抱いていたアフリカへの憧れを根っ子としておって、音楽の原点への好奇心だなあ。結局ソウル系ディスコに入り浸った数年は、ワシを実際にアフリカへ旅立たせる原動力/ステッピングストーンとなっていたのかもしれん。そして、音楽を身体で聴くということに対して本能的に感じはじめていたこともあって、ディスコでのガンガンに身体に響く音の中、何か耳以外で関知する音楽を体感したかったっつーのもあるな。
その後アフリカで2年弱の日々を過ごし、本物のアフリカ音楽やトーキングドラムに触れると、ソウル音楽を勝手にアフリカと繋げて抱いていた憧れは嘘みたいに消えてしまった。音楽の原点に触れたあとは、古巣へ帰ってきたというか、あらゆる民族音楽を経由しつつ、やっぱりクラシック音楽や現代音楽に戻ってきてしまった。
アフリカの闇で体験した音
赤坂や六本木のソウルな夜を思い出すとき、アフリカの静寂の中で、遠くから底知れぬ闇を貫いて神秘的に響いてきたトーキングドラムの音が、対照的に記憶に蘇る。自分の存在さえも、闇に吸い込まれていきそうな、月明かりさえなかった漆黒の夜。そこに突然響いてきた対話するドラムの音に人間の愛と暖かみを感じ取り、胸が張り裂けそうになるくらい感動した。あのほんの10数分程度の体験で自分の音楽世界が決定したというか。その後気付いたのは、アメリカのソウル音楽と、ワシが体験したかったアフリカの音とは、全く別ものであったということ。それは(あくまでも自分にとっては)ソウル音楽に繋がってはいなかったのだよ。
アフリカから帰国してから、早速かつての遊び場へ戻ってみると、これが面白くもなんともなくてねえ。まあ年齢的・体力的なこともあるとは思うが、まったく熱くなれず退屈だったんですな。あの体験以来、ソウル音楽とワシの心は共鳴しなくなってしまった。
完全に孤独だったはずのアフリカの暗闇の中、ドラムの音に乗って突然流れ込んできた暖かい感覚は、一気に自分を孤独と闇と静寂の恐怖から解放してくれた。
またいつか一人でアフリカへ行こう。
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ひゃーーー、懐かしいぜいっ!ツバキハウス、ムゲンエンバシー、QUEE!!横浜のサーカスも忘れてもらっちゃ困るぜ。
>ソウル音楽と黒人たち、そこに群がるお姉ちゃんたち
え?もしかして遭遇してた?
それにしても懐かしゅいなぁ〜。たまにMy Discoコレクションで楽しんだりするが、身体は昔のようには動かぬ。腰にくるんでのぉ・・・。
ああ、横浜までは行かなかったなあ。そうなんだよ、密かにcat姐と遭遇してたんじゃねーかと考えながら打ち込んでましたっす(^^) でもムゲンなんて一時期常駐してたし!
ワシはあの当時の音楽を選んで聴くことはないけど、たまにどっかで流れてるのが耳に入ってきたりすると、瞬時に記憶が甦って懐かしくなるっす。温度や臭いまで思い出したりするよね。