旅と思索

布一枚に溶け合う境界とリス族の村で浴びた光の洗礼

リス族の村で目にする「赤ちゃんを背負う男たち」。言葉の壁という境界線を越えて、赤ちゃんのくしゃみの飛沫とともに飛び込んできたのは、どんな神秘的な占いよりも雄弁な、生の輝きと慈愛に満ちた笑い声だった。
スピリチュアルな日常

波動調整のために華麗にポテチ食べてます

「波動が高すぎて生きづらいから、あえてジャンクを食べる」という人々。その華麗なる言い訳を耳にしたとき、私の脳裏をよぎったのは、かつて「体の要請」を盾にステーキを完食した亡き義母の姿だった。聖なる言葉でコーティングされた、愛すべき「食欲」についての思索。
痛みと光の間

祈りが踊りに変わる時

言葉が喉の奥で「震え」に変わる時、光が私を包み込んだ。空と地の狭間で、愛の意味を求めて踊るささやかな儀式。リサ・ジェラルドの歌声と共に綴る、祈りと身体の記録。
旅と思索

独り内観の時代に、境界線で自分の安産尻を笑う

「独り内観の時代」に入ったと感じている。それは物理的な孤立ではなく、誰かと手をつなぎ響き合いながらも、自分の感覚のハンドルだけは誰にも渡さないということ。チェンダオの喧騒を避け、辿り着いた国境の街で出会った「不揃いな質感」から、真の静寂を紐解く。
痛みと光の間

赤い口紅は小さな鎧

心が本当にボロボロだったとき、バンコクで真っ赤な口紅を買った。それは小さな鎧であり、「私はまたちゃんと立つよ」という静かな宣言だった。色ひとつで風向きが変わることが、人生にはある。
スピリチュアルな日常

辿り着いた私なりの真のスピリチュアル

「特別な何者か」になりたかった渇望の時代を終え、私は今、ごく普通に暮らしている。光のカラクリを知り、世界の理に目を見開きながら、淡々と自分の感覚を信じて生きる。その潔さこそが、私が辿り着いた「真のスピリチュアル」の形だった。
記憶の風景

二つの鳥の声、二つの時間

未明のまどろみの中で聞こえてきた、トラツグミの細く鋭い笛のような音。その揺らぎのない響きは、かつてメーリムの田舎で家族と過ごした日々へと私を連れ戻す。失う予感と共鳴していた過去の声と、現在を力強く刻むオニカッコウの声。二つの音が織りなす、人生の輪郭についての思索。
成熟のレッスン

AIが描いた10代の私と、隠せなかった60代の手

AI動画で作ったまるで「10代の私」に赤面!でも、よく見ると手だけはしっかり60代。かつてモン族の村で出会った女性の刻まれた美しさを思い出し、完璧な美化よりも自分の老化に安らぎを感じた不思議な体験を綴ります。
音楽と思索

私の推活

チェンマイで出会った若きロックバンド。かつて「ロックおねーちゃん」だった血が騒ぐ熱狂の夜。入場無料のライブバーで、お酒の弱い私が「追加注文」を繰り返す理由とは。文化を育てる側としての責任感と、音楽の原点「音を楽しむ」喜びを綴る。
瞑想

星空のシャクティパット:無条件の恩寵を受け取るために

チェンマイの夜空に溢れ出す星々を前に立ち尽くすとき、私はある確信に辿り着きます。特別な儀式も高額な対価も必要としない、宇宙からの直接の「シャクティパット」。瞑想やマントラの伝統を尊重しつつ、日常の中に開かれている「無条件の恩寵」と、そこに至る脳の跳躍について綴った。