昔から、ジョージア(旧・グルジア)正教会の聖歌や、あの独特の多声音楽(ポリフォニー)合唱が大好きだった。
ラフマニノフのロシア正教の聖歌「Vespers(晩祷)」に惹かれてきたのも、きっと同じ心のツボが刺激されるからなのだろう。
ジョージアの多声音楽が特別なのは、ただ和声が美しいからではなく、「不協和のまま響き続ける緊張」を音楽として抱きしめているからだと思う。民謡であるのに、明らかに高度な音楽構造を持っていて、とても古い起源を持っているそうだ。
その緊張は苦しみではなく、生き抜いてきた人々の祈りや尊厳の震えであり、だからこそ聴く者の胸の奥まで届いてしまうのだろう。
そして地中海に浮かぶコルシカ島の男声ポリフォニーもまた、同じ場所で魂に触れてくる。
山岳の文化、祈りの伝統、支配されながらも失われなかった誇り。
離れた土地同士なのに、深いところで同じ波長を持っていることに気づかされる。
ジョージアの多声音楽とどこか通じるものとして、コルシカ島の伝統的な男声ポリフォニーが、ユネスコの無形文化遺産に登録されていることを知った。
何年も前、偶然ラジオから流れてきたその歌声に全身が包まれ、鳥肌が立つほど感動して思わず iTunes でダウンロードしたのが、A Filetta(ア・ヴィレッタ)のアルバム「Ab Eternu(永遠から)」だった。
アルバムの最後を飾る「Sumiglia」は、まさに祈りそのもの。声の力で場が震えるような、魂の奥まで響いてくる歌だ。
コルシカ島は長い歴史のなかで、他国の支配と抗いの記憶を背負ってきた場所でもある。
その背景があるからこそ、彼らの歌には「ただ美しい」を超えた切実さや、祈りの熱、そして生き抜いてきた魂の重みが宿っているのだろう。
ラテン語の教会音楽やコルシカ語の伝統歌は、時に宇宙の原初の響きのようであり、時に人間の喜びや悲しみ、怒りや祈りまでもを一緒に抱きしめ、どこか遠いところへ昇華していくように感じられる。
教会の残響の中で響くこの曲は、とりわけ美しい。
舞台に立っているのは、どこにでもいそうな普通の男性たちなのに、口を開いた瞬間、そこに現れるのは「声」というよりも「祈りのエネルギー」そのものなのだ、と思ってしまう
参考リンク
(触れたい方はぜひ)
- コルシカ島伝統音楽とグルジア音楽の類似性
地理的には遠く離れながら、どこか深いところで響き合うふたつの伝統。 - ALILO
グルジア・ヴォイスとア・ヴィレッタのジョイント! - Shen Khar Venakhi
中世から歌い継がれたグルジアの無伴奏男声ポリフォニー。ため息が出るほど美しい。 - Tsinskaro / Zinskaro
どこかで聴いたことがあると思ったら、Kate Bush「Hello Earth」のコーラスに使われているあの旋律! グルジアの深遠な響きと、ケイト・ブッシュの天才性がひとつになる瞬間。
ここまでくると、アルメニアのドゥドゥクや、バルカン半島(ブルガリア、セルビア、ルーマニア…)のポリフォニーにも話が広がってしまいそう。
不協和の縁で揺らぎながら、なぜあれほど神秘的で美しいのだろう。
その話は、またいつかの機会に。

